バッテリー情報配信クラブ


日本メーカーの工具の販売と通販、そして海外メーカーブログ:2015/12/07


あたくしは両親と離れて住んだことが今までない。

生まれた時からあたくしが21歳になるまで、
一番長い時間離れていたのは
あたくしが修学旅行に行った時の5日間ぐらい…

特に、
あたくしと母親の関係は特別で、
あたくしのお子さんの頃のあだ名は
「母親のしっぽ」だった。

ただの一秒も
母親のそばを離れないということから、
誰かが私につけたあだ名だ。

だが、あたくしも年を重ねると、
母親のそばにいつも一緒にいるのは
だんだん難しくなった。

学校の授業、友人との遊び、サークル活動、バイトなど
あたくしと母親の間にはいろんな邪魔者が増えてきた。

そんな中…
あたくしの1年間の交換留学は、
両親にとって「衝撃的なニュース」であった。

自分の娘が外国で暮らす…など
想像もつかないことだった両親。

しかし、
両親は笑顔であたくしに「さようなら」を言った。

別れの時、あたくしは馬鹿みたいに空港で、
「わああんわああん」
声を出して泣いてしまった。

親父はおととし退職。
貧しくはないが、決して裕福ではない家庭、
これがあたくしの家庭だ。

また、今まで離れて暮らしたことない娘を、
外国に送り出す両親の心はどうだっただろう…
彼らも心の涙を流したはずだ。

飛行機の中であたくしは決意した。
これから、一人で立ってみよう。
両親に絶対心配をかけない。

そこで、考えたのは
自分の生活費は自分で稼ぐこと。

あたくしには何も言ってくれないが、
親父も退職したことだし、
きっとお金の問題があるはずだと思って
バイトをすることにした。

バイトができる資格証をもらった後で
あたくしはすぐバイト先を決めた。

ホテルでのバイトとレストランでのバイト。
二つのバイトは簡単ではなかったが、
生活費には充分だった。